このままでいいんだろうか。
分厚い本から顔を上げて私はため息を付いた。
このまま行けば、私は聖母候補付きの騎士の一人になれるかもしれない。
でも、あまり嬉しくない。
別に聖母候補が嫌いとか、そういうことじゃない。
でも私は、まだ未熟だ。
そんな人間がそんな大それた役職などについていいんだろうか。
学ばなくてはならないことが沢山あるし、覚えなくてはならないことも沢山ある。
最悪それはいい。
勉強は好きだし、知識が自分の中に入ってくるのは喜びすら覚えるから。
『じゃあ何が嫌なの?』
心の中で声がする。
「それは…」
私は自分の手を見た。
血染めの手を。
しかしそのビジョンは一瞬で消え、残ったのはランプに照らされた白い自分の手だった。
【言霊使い】
その二つ名が示すとおり、私の言葉には力がある。
味方を鼓舞し、敵を死へと誘う。
神のため、聖母様のためこの力は役に立っているのかもしれない。
でも、私はこの力が怖い。
この力で両親も、友人も、育ててくれた神父様だって死んだ。
これからだっていつまた感情が暴走して、大事な人達を傷つけるか分からない。
あいつだって例外じゃない。
この力を使いこなすには私の心は脆弱すぎる。
もう大切な人が壊れるのは見たくない。
だから、
人を恨まないように。
羨まぬように。
心をいつも穏やかに、冷静であるように。
そう思っている。
感情を持ってはいけない。
そう思っている。
でも、実際は出来てない。
きっとさりげない一言でみんなを傷つけてる。
怖い。
怖いよ。
最近、先生の教えで自分のに出来ることが増えていくのがわかる。
それは大切な人を守る力になる。
それは嬉しい。
その一方で、
自分はだんだん人ではなくなっていく気がする。
この力には底がなくて、そのうちその力にのまれて、自分が狂ってしまうんじゃないかと。
そんな不安が私の中に渦巻いている。
それが無性に恐ろしい。
助けて。
誰か助けて。
浮かぶのはあいつの顔。
でも、言えない。
嫌われたくないから。
きっとこんな弱い私をあいつは好きじゃないから。
だから、何もないふりをする。
いつも通り。
いつも通り。
大丈夫。
まだ狂ってない。
もう少しいける。
戦場で、屍の前で彼女は祈る。
「ごめんなさい。貴方の旅路に光あらんことを」
その口元が笑みに歪んだのを誰が知ろうか。
狂気はほら、足元に。